笑いのツボが合わない…と感じた時に、無理に合わせてもキツイだけですよね。

かといって、笑わなければ「不愛想な奴だ」と思われてしまう。

あるいは恋人(好きな相手)と笑いのツボが違う時など、非常に厄介な問題です。

そこで重要なのは
・自分は無理をせずに関係を維持していくこと
です。

特に苦痛もなく、相手の面白いと笑うことに関して波長を合わせられればいいものの、人間はそこまで単純じゃないと。笑


そこで今回の記事では、
・笑いのツボを合わせて関係を維持する方法
・笑いのツボを合わせずに関係を維持する方法

の2つの側面からあなたにお伝えしていこうと思います。

どちらの方法でも相手から
・この人は私と合う!
と思われることが可能ですし、実際には2つの側面からせめていくというのが正解です。

まったくのイエスマンだとつまらないし、かといって反抗ばかりしても嫌になりますよね、だから鞭と飴じゃないですけど、両方使い分けるわけです。笑


笑いのツボを合わせる3パターン


「こいつはなんで笑っているんだ?」と不思議に思うことがあると思います。

その時に、相手のメカニズムを知っておくことで、「ああ、そういうことか」という軽めのアハ体験が生まれます。



笑いのツボを合わせるためには、感覚を論理に変換する必要がある

つまり相手は感覚で笑うわけですが、そこであなたは論理を出して納得の笑いに変えて笑うわけです。

説明だけだとわかりづらいと思いますので、例えを出します。


例題:hahahaとahaha

例えば、相手が犬が一生懸命穴を掘って餌を隠そうとしている姿を笑うとします。
⇒あなたは、何も感じません。
しかし、「この一生懸命犬が餌を隠そうとしている滑稽さに彼は笑っているのでは?なるほど!」
という、極めてロジカルな思考のもとに笑うわけです。

海外では感覚的な笑いを「hahaha」として、論理的な笑いを「ahaha」とする…というような話がどこかであった気がしますが、(めちゃくちゃうろ覚えw)そのようなイメージですね。

相手の笑っている意味が分からないのなら、いっそ論理的に意味をつけちゃいましょう、というわけです。

あくまで仮設でいいので、それは相手の問わなくてOKですよ。

「今の君は、犬が餌を隠すことに対して、その滑稽さを笑ったわけだよね?つまりそれは優越感からくる笑いというわけかな?」などと言おうものなら、たちまち相手から面倒な奴だと思われることでしょう。

相手と全く同じ感覚で笑うのは不可能なので、この笑うという行為を一緒にしていくわけですね。



前提を合わせる


「いや、もうまじで相手の笑ってるポイントがまじ意味わかんねー、ガチで」と思う時には、二人の間に何が起こっているのか?

それは、そもそも前提が違うことが多いです。


焼き肉に固執する悲劇

例えば飯を食べに行くとき、「焼き肉でも行こうぜ」と焼き肉屋に向かうとします。

そこで焼き肉屋が混んでいたと。

「じゃあ、ラーメンでも」とあなたが提案したら相手は…
「いや、焼き肉って言ったじゃん!肉だろうが!ここは!」とキレてきたと。

まあ実際キレられることはないでしょうけど笑、これに似たようなことはありますよね。

これは両者の前提が違います。

あなた:食事が目的(もっというと相手とのコミュニケーションが目的)
相手:肉

これは簡略的に表しただけなので、実際に相手は深いところではコミュニケーションを望んでいるのでしょうけれど、とりあえず肉が食いたいわけですね。

相手と前提が違うと、このようにコミュニケーションにもズレが生じてきます。

食事が目的なので、肉にはこだわらないあなたと、肉を欲している肉第一主義の相手。

こういった食い違いは、いたるところで起きています。

笑いの場合も同様で、その相手の前提があなたと違う場合は、同じところで笑うことは難しいです。

相手がどんなことを前提にしているのか?そこを読み解くことで、笑いのツボがみえてくるはずです。

そうすれば相手をより深く理解することができるので、自然に笑いのツボも理解できるようになるんですね。

これは自分以外のフィルターを手に入れたようなもので、人はみんな自分オリジナルの色眼鏡で世界をみています。

なので、その色眼鏡が増えれば増えるほど多様な物の味方ができるようになり、そうなれば笑いのツボも増えるのは当然ですよね。



文脈を読み取る


「全盛期の梅宮辰夫か!」といきなり言われても、意味が分かりません。

言葉などは、その文脈において意味をもちますよね。


引用:https://lineblog.me/umemiyatatsuo/

まあ「全盛期の梅宮辰夫」というのは、フレーズ自体が面白いですけど、日本人は特に高コンテキスト文化といわれています。

コンテキストとは、文脈のことであり、いわゆる空気を読むというような意味合いです。

日本人は海外に比べて村社会なので、「なんとなくこういう感じで伝わるだろう」という曖昧さで通用します。

これが文脈であり、言葉がいらずに伝わることもあるので、良くも悪くも言葉にせずになあなあで笑いあう感じですね。

「これやばいよね?」
「やばいー」
的な。

相手が何かに対して笑った場合、それ単体ではなく相手の中の文脈で笑う場合がほとんどです。

先ほどの例でいえば、全盛期の梅宮辰夫の情報があればあるほど、色々なことと繋がり、面白さが倍増するわけですね。

逆に梅宮辰夫の全盛期を知らない、辰夫自体を知らない人がこのフレーズをきいても、何も感じないわけです。



大切なのは、文脈を理解しようとすること

明らかに意味の分からないところで笑った場合、いっそ聞いてしまいましょう。

「ん、なんで笑ったの?」と。

人は自分のことを理解しようとする相手を嫌いにはなれないので、こういったことを聞かれて決して嫌いにはならないハズです。

そこで相手への理解が進み、相手と自分の共通の笑いが増えてくるはずです。



いっそのこと、違うことを笑う


「ああー、相手への理解とかめんどくせえ、なんか手っ取り早く相手と信頼関係築くテクニックねえの?」ということも、時にはあるでしょう。

また相手との距離が遠かったり、自分自身が疲れている時など、すぐにでも使えるテクニックがあります。

それは、相手が笑っていても自分がそれを面白いと思わない場合、その相手の感性を笑い飛ばす…という方法です。

これは決して相手の感性を否定して笑うのではなく、「え、俺とお前って、こんな笑いのツボ違うんだw」的な笑いです。

でも相手からすれば、自分と同じところで笑っているので、結果オーライ。

最高ですよね。

初対面でもこのテクニックは使えますし、何より自分が楽です。

変に合わすのではなく、「いやいや、こんなにも違うものかなー」と笑うわけですから、特に媚びへつらうようなストレスも感じません。



メイド喫茶ですべり続ける男

実際に先輩とメイド喫茶に行った時の話ですが、その先輩はおやじギャグを言ってすべっていました。

「さくらちゃんって名前なんだ?今は6月だけどね?ははは!」
「いちごちゃんって、別に赤いわけじゃないよね?ははは!」
「お茶が熱くて、おっちゃまげー!ははは!」

私自身、この先輩の発言に何一つ感情が動かされなかったのですが、逆にこれで自分で言って笑う感性がすげえなと、思わず笑ってしまいました。

一周回って面白いんじゃないか?とすら感じました。

さらに先輩が発言するたびに、メイドの反応をみていたのですが、明らかな苦笑い。

その苦笑いに気付かずひたすらすべる先輩。

ただ私自身は、その状況も笑えてきたため、むしろ先輩よりも笑っていたのかもしれません。

このように、このテクニックを使えばどんな逆境にも笑いで乗り切ることができるのです。



笑いのツボを合わせない3パターン


「相手が笑っているところで、自分も笑わないとなんか気まずい…」と思う気持ちは、誰にでもありますよね。

しかしそこをあえて逆手にとる逆張りの戦略があります。

自分自身と相手の笑いのツボが違えば違うほど、距離が縮まるのです。



それ自体をネタとする


笑いのツボが違うこと自体をネタにする方法です。

相手が笑ってこちら側がよくわからない場合、「いや、全然わからなかったです」といって対比させるわけですね。

これは時と場合にもよりますが、変に合わせて笑うよりも相手との距離を縮めることがあります。

正直に自分の気持ちを吐き出すことは、時として面白さにつながるのです。

ただこれにもバランスが必要なので、ある程度親密になってからこの手法は使った方がいいでしょう。

初対面で相手と笑いのツボが違った場合、そのツボが違うことをネタにするというのは、少し難易度が高いです。



笑っているあなたが好きです


よくちょっとのことでも笑う人っていますよね?笑い上戸というか。

そういう人を見た時に、「笑いが浅いな」と感じるのではなく、「俺よりも多くのことを笑えて、幸せ者だ」と感じるようにしましょう。

そうすることで、つまらないことで悩んでいる自分を吹っ飛ばすことができ、おおらかな人間になることができます。

これはただの精神論ではなく、実際に笑える笑えないというのは、その人の許容度の問題なんですね。

だから例えばですが、あなたが戦争にいったとしましょう。

そこで無事帰ってきて、今の状況におかれたらどうでしょうか?

・しぬこと以外かすり傷じゃね?
という感覚になり、すべての物事を笑い飛ばすメンタルモンスターへと変貌を遂げることでしょう。

つまり、笑いとは自分の器の許容度ともいえるのです。

ということは、笑っている人をみて、「こういったことで笑えるのか!いいなあ」と尊敬する気持ちが生まれ、自分自身の精神衛生上にもプラスになるのです。

自分とは違うところで笑っている相手を尊敬することで、その態度は自然に相手へと伝わり、良好な関係を築けることでしょう。



違うことこそ、コミュニケーション


この人はなぜここで笑うのか?と感じた時に、「自分と同じが望ましい」という前提が垣間見えます。

しかしコミュニケーションというのは、自分と相手の違いを見出していく作業です。

つまり、「みんなちがってみんないい」人間だもの的な発想が本来のコミュニケーションの在り方なわけですね。

そう考えると、笑いのツボも違って当然。

むしろその違いを確認し合う作業なわけですから。

今までさんざん笑いのツボを合わせる合わせないなどのテクニックをお伝えしてきましたが、最後はその前提すらひっくり返すという笑

まあでも、
・俺とこの人笑いのツボ全然違うなー
と面白がれる人こそ、コミュニケーションを楽しむオモモテ(面白くモテる)な人といえるんではないでしょうか?

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